大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成8年(ワ)2128号 判決

原告

武田ふみ

ほか一名

被告

多田真治

主文

一  被告は、原告武田ふみに対し金一八七万六二七三円、原告武田芳則に対し金五万円、及び右各金員に対する平成七年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの求めた裁判

被告は、原告武田ふみ(「原告ふみ」という。)に対し金三五一万二五三三円、原告武田芳則(「原告芳則」という。)に対し金三〇万円、及び右各金員に対する平成七年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告らは、原告芳則が普通乗用自動車を運転し、原告ふみが助手席に同乗していたところ、被告運転の普通乗用自動車に追突されて負傷したとして、これによる損害の賠償を求める。

二  前提となる事実(争いがない。)

1  次の交通事故(「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成七年一月一日午前三時五〇分ころ

(二) 場所 大阪府大東市中垣内五丁目三番地先市道上

(三) 態様 原告芳則が、妻である原告ふみを同乗させて普通乗用自動車(神戸五九ね六四五一)を運転走行し、右場所で停止していたところ、被告が運転する普通乗用自動車(奈良五八ゆ四一七九)が追突した。

2  被告は、その運転車両を保有し、かつ、これを自ら運転していた際に、前方不注意の過失により、本件事故を起こしたものであるから、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条により、原告らの被った損害を賠償する義務がある。

三  争点

1  原告らの負傷の程度及び因果関係の有無

2  原告らの損害の額

3  原告芳則が請求権放棄をしたとの主張の可否

四  当事者の主張

1  原告ふみ

(一) 原告ふみは、本件事故により、頸椎捻挫、頸髄不全麻痺の傷害を負った。

(二) このため、次のとおり通院した。

ア 平成七年一月一日から一月四日まで徳洲会野崎病院に通院(実日数二日)

イ 一月五日から一〇月一七日まで由井病院に通院(実日数九二日)

ウ 四月一七日から一〇月二日まで鷹ノ羽整骨院に通院(実日数一七日)

(三) 休業損害 一七〇万一四九〇円

休業期間 一月一日から七月三一日まで(七か月)

美容師として稼働していたところ、平成六年一〇月ないし一二月の賃金は合計七二万九二一〇円で、一か月平均二四万三〇七〇円であったから、その七か月分。

(四) 慰謝料 一二〇万円

右事故により、長期の休業、通院を余儀なくされ、傷害の痛みに苦しんだ。

(五) 治療費 九一万一〇四三円

内訳 病院治療費 四八万一三三九円

アップル薬局薬代 三七万三七〇四円

鷹ノ羽整骨院治療費 五万六〇〇〇円

(六) 弁護士費用 五〇万円

(七) 自賠責から八〇万円の支払を受けたのでこれを控除して、残額三五一万二五三三円を請求する。

2  原告芳則

(一) 原告芳則は、頸部捻挫、腰部捻挫、背部打撲の傷害を受けた。

(二) このため、次のとおり通院した。

平成七年一月五日から一月一三日まで、由井病院に通院(実日数四日)

四月二一日から平成八年一月二三日まで鷹ノ羽整骨院に通院(実日数一四日)

(三) 慰謝料 三〇万円

右事故により、長期の通院を余儀なくされ、傷害の痛みに苦しんだから、その賠償を求める。

3  被告

(一) 原告ふみは、かねてより頸椎にヘルニアの症状があった。

すなわち平成六年二月九日に、背中の筋の不調を訴えて、由井病院にて通院加療を開始して、同年四月二七日まで治療を受けていた。傷病名は背部挫傷、頸椎性神経根症、左肋骨不全骨折とされていた。検査では、脊椎C5―6、C6―7の椎間の狭小化と骨棘が見られ、これによる脊柱管狭窄症が認められている。

本件事故は、被告の前方不注意によりブレーキをかけるのが若干遅れたため、原告車の後部に被告車の前部が接触したものであるが、衝突の際には被告運転車両も既に減速していて低速度となっており、衝突の衝撃はごく小さかった。

原告ふみの既往症や事故態様からすれば、同人の症状は既往症の顕在化にすぎない。

(二) 原告芳則は、平成七年三月二七日付け念書を差し入れて、被告に対して、治療費以外に四万九二〇〇円を受領することで、その余の損害賠償請求権を放棄した。

4  右(二)の主張に対する原告芳則の反論

被告の右抗弁は、原告らの本人尋問を終えた後になって初めて主張されたもので、時機に遅れており、その主張は許されない。

第三争点に対する判断

一  原告らの負傷の程度と因果関係

証拠(甲二ないし九、一二ないし一四、一七の1、2、乙一ないし三、検乙一ないし六、原告両名本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によると、次のとおり判断できる。

1  原告ら(芳則五三歳、ふみ五二歳)は、初詣の折りに本件事故に遭遇したもので、二人ともシートベルトはしていたが、原告の車両にはエアーバッグはついていなかった。直後に、救急車で現場近くの野崎病院に収容され、同日と同月四日の二度同病院に通ったあと、その紹介で、一月五日から自宅近くの由井病院に通うようになった。

2  原告芳則は、一月五日に由井病院で、頸部捻挫、腰椎捻挫、背部打撲と診断され、投薬を受けて一二日からリハビリを開始したが、その翌日に通ったのみで(実日数四日)、以後通院しなかった。翌平成八年四月四日付けで後遺障害診断を受けた。左肩のしびれが特に寒い時期に強い、上を向く動作がきつい、と訴えていたが、受傷後一年以上経過して症状は大きく変わらない、頸部運動制限はない、との診断で、他には何も症状が把握されていない。もっとも、同原告は、由井病院への通院をやめてから三か月後の平成七年四月二一日から平成八年一月二三日までの間に、鷹ノ羽整骨院に合計一四日通っているが、その通院を由井病院で勧められたわけではなく、通院の間隔も月に二回程度であることからすると、同原告の供述(由井病院への通院を止めた直後に阪神淡路大震災が起きて、襖職人としての仕事が忙しく、通院する時間的な余裕がなかった、という。)を考慮しても、その通院は、本件事故と因果関係のある症状によるものとは認めがたい。

3  原告ふみは、一月一日の事故直後、救急車が到着する前から、背部の痛みを訴えていた。救急車で運ばれた野崎病院で頸部痛と両上肢のしびれ感を訴えて保存的治療を受け、四日にも同病院で治療を受けたあと(実日数二日)、由井病院に、一月五日から同年一〇月一七日まで、頸髄不全麻痺、頸椎捻挫の診断名で通院し(実日数九一日)、同日現在で、両上肢運動障害、知覚障害(両方の手指運動障害、握力低下、曇天時に後頭部から頸・肩にかけて疼痛・つっぱり感がある。)が残存しているが、この症状は、以後も治療を続行することによりある程度の回復は期待できようが、美容師という仕事柄、著明な改善は期待できない、として、症状固定と診断された。この間、同病院の勧めで、鷹ノ羽整骨院に四月一七日から一〇月二日までの間に合計一七日通院して施療を受けた。

ただ、原告ふみは、本件事故の前年、平成六年二月九日から、左肩を捻じって背部痛があるとして由井病院を受診し、背部挫傷とされた。同月一八日には、頸部痛が加わり、右上肢の握力低下、知覚鈍麻等の神経根症状が見られ、頸椎症性神経根症、左肋骨不全骨折との診断がなされた。レントゲン写真や三月一一日のMRI検査で、頸椎4―5、5―6、6―7間板に著明なヘルニアがあることが観察されていた。このときの症状については、リハビリ(頸部の牽引)を行い、投薬を得て、軽快し、四月二七日まで通院して終わっていた。

4  右事実からすると、原告ふみにおいては、本件事故とその後の通院とは因果関係があることは明らかである。ただ、五二歳という年齢でもあり、頸椎に椎間板ヘルニアの既往症があり、本件事故の衝撃を受けて、頸椎の症状が悪化したものということができ、その器質的素因は原告ふみの損害の発生、拡大に寄与したものと解される。由井病院の医師は、これを否定するが(甲一〇)、単に前年の症状が治まっていたことを理由とするのみで、再度のMRI検査等も経ておらず、たやすく採用できない。

そして、その素因は、前記認定のふみの症状、治療期間、後遺症の症状からして、事故後の症状に三割程度寄与しているものと認められるから、過失相殺の理念を類推して、原告ふみに生じた損害額から、三割を減縮した額をもって、本件事故による被害額と認めるのを相当とする。

二  原告らの損害額

1  原告ふみの損害

(一) 休業損害

甲一一、原告ふみ本人尋問の結果によると、原告ふみは、美容師として、有限会社すみれの営む美容院パレスの店長として勤務していたもので、平成六年一〇月ないし一二月の賃金は合計七二万九二一〇円で、一か月平均二四万三〇七〇円の賃金を得ていた。本件事故による傷害のため、七月三一日まで七か月間休んだが、四月一日から七月三一日までの間に付加給として二七万五〇〇〇円の支給を受けており、四月一日以降は、全休ではなく、平常の三分の一程度は稼働していたものと認められる。

そうすると、七か月間の休業による逸失利益は、一四二万六四九〇円となる。

243,070×7-275,000=1,426,490

(二) 慰謝料

前記の事故の態様、受傷の程度、治療期間、残存した症状からして、原告ふみが本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するには、金一二〇万円が相当である。

(三) 治療費

甲三、五、八、九、一五の1ないし8、一七の1、2によると、原告ふみは、本件事故による負傷の治療費として、野崎病院と由井病院に合計四八万一三三九円、アップルプラス薬局に合計三七万八九九二円、鷹ノ羽整骨院に五万六〇〇〇円を支払ったことが認められ(被告が、被告の加入する損害保険会社が支払をしたと主張する野崎病院の治療費、アップルプラス薬局の薬代を含む。)、合計九一万一〇四三円となる。

(四) 寄与度

前記のとおり、原告ふみの症状の発生、拡大には、同人の既往症を生じた器質的素因が寄与しており、その割合は三〇パーセントと見るのが相当であるから、以上の損害合計三五三万七五三三円のうち、七〇パーセントの二四七万六二七三円が、本件事故による原告ふみの損害ということになる。

(五) 損益相殺

これに対して、原告ふみが既に八〇万円の支払を得たことは、同原告の自認するところであるから(保険会社が支払ったとする治療費が、これに含まれないとの証拠はない。)、これを控除すると、残額は一六七万六二七三円となる。

(六) 弁護士費用

以上からすると、原告ふみが本訴提起につき要した弁護士費用のうち、二〇万円が、本件事故と相当因果関係がある損害と言える。

(七) 結論

そうすると、被告は、同原告に対して、金一八七万六二七三円の賠償義務がある。

2  原告芳則の損害

前記認定の事実からすると、同原告は、結局一月一日、四日に野崎病院に、五日から一三日までの間に四日、由井病院にそれぞれ通院した程度で、本件事故による症状は軽快したものと解される。そうすると、同原告に生じた精神的苦痛を慰謝するには、五万円をもって相当とする。

三  原告芳則が請求権放棄をしたとの主張の可否

被告は、原告らの各本人尋問も終了し、弁論終結の当日になって、右主張をしたが、その内容からして、そのときまで主張できなかった正当な理由があるとも窺えないから、時機に遅れた抗弁として、許されない。

四  よって、各認容額について、事故当日から支払済までの遅延損害金の支払をあわせて命ずることとして、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例